漫画家を目指すキミへ~森川ジョージ先生インタビュー~
連載28年、今なお読者を魅了し、週刊少年マガジンを支え続けている大人気漫画「はじめの一歩」が誕生するまでの、森川ジョージ先生の漫画家としての歩みを大公開!!新人漫画賞を取り漫画家へのはじめの一歩を踏み出せ!!
「“強い”ってどんな気持ちだろう」その問いかけの先に“夢”がある!!
森川ジョージ先生の漫画家としての歩みと、『はじめの一歩』を通して伝わる“迫力”や“熱気”、実在するかのように描かれる、先生流の「画面作り」の秘訣を大公開!!
漫画家への道のり~持ち込み編~
―漫画家としての歩みは編集部への「持ち込みや」漫画賞への「投稿」から始まることが多いと思います。森川ジョージ先生が、週刊少年マガジン編集部に持ち込みをされた、当時の状況を教えてください。
森:持ち込みをしたのは、中学3年生の卒業間際です。
持ち込みの電話をかける時は、すごく緊張したのを今でも覚えています。何せ、当時は15歳の少年でしたから。そんな僕を後押ししたのは「見てもらいたい」という気持ちでした。
プロの人に自分の原稿を読んでもらい、今の自分の評価はどれくらいなのか、新人たちの中でどれくらいの立ち位置にいるのかを知りたかったんです。
どれくらいの評価かわかれば、どれくらい頑張らなければならないかがわかりますからね。
―15歳で持ち込みをするというのは、すごく早いですよね。
森:僕が漫画家を志すきっかけとなった、ちばてつや先生に追いつきたいと思っていたんです。
だから、動き始めるのは早ければ早いほどいいと思っていました。
アシスタントで10年間修行をしたとしても25歳。
それなら、ちばてつや先生と同じ雑誌に載ることができるのではないか、と。
―持ち込みをされた時の編集者の反応はいかがでしたか?
森:少女漫画のような悲しいラブストーリーを持ち込んだのですが、なぜだか笑いながら読まれました。ちょっと腹が立って「ギャグ漫画じゃないですよ」と言ったら、「リーゼント頭の風貌とギャップがありすぎる」ということでした(笑)。
それから持ち込んだ原稿をあずけ「とにかく描こう」と言われて終わりました。
感想もアドバイスも言われなくて、茫然としながら帰宅したのを覚えています。
それから一週間後くらいに、「MGP(マガジングランプリ/月例賞)」で選外佳作に入ったよと突然電話がきたのですが、原稿が月例賞に出されていたことを知らされていなかったので、初めはまったくピンときませんでした。
ですが、その受賞記事が載ったマガジンを読んだとき、あまりの嬉しさに涙が出ました。
憧れのちばてつや先生と同じ雑誌に載ることができたんですから。
それから「とにかく描こう」と言われていたので、すぐに次の原稿に向かいました。
~アシスタント編~
―MGP初受賞後は、どのような歩みをたどられたのでしょうか?
森:2作目が、またMGPで選外佳作を受賞し、3作品目でMGPの入選を受賞しました。
3回連続受賞で「ちょっとすごいんじゃないか」と思っていました。
ですが、4作品目で新人賞の準入選を受賞したとき、はじめて合本(新人賞受賞作をまとめた本)をもらい、同じ新人のレベルを知ってすごく驚いたのを覚えています。みんな絵が上手い、と。
その時の入選を受賞したのが「Dr.コト―診療所」の作者・山田貴敏先生で、「入選ってこんなにすごいんだ」と思いました。
それからアシスタント先を紹介してもらって、高校に通いながらアシスタントと自分の原稿を描くという、さらに漫画漬けの生活が始まりました。
―自分の原稿にアシスタントに高校生活…大変ですよね。
森:当時は、ネーム(漫画の設計図)やホワイト(修正液)といった基本的なことすら知らない状況だったので、アシスタントで学んだことが本当に新鮮でした。
集中線を描くために原稿に画びょうを刺していいんだとか、ホワイトで原稿を修正してもいいんだとか(笑)。
なので、アシスタントで学んだことを、家に帰ると原稿用紙が何百枚も真っ黒になるくらい練習をしてましたね。
それから、学校なんていつでも辞めていいと思っていたので、授業中も原稿とインクを出して練習してました(笑)。とにかく起きている時間はすべて漫画に使おうと思って生活していました。
漫画を描くのが、本当に楽しくて仕方がなかったんです。
それと並行して自分の原稿も30Pくらいの読み切り漫画を15日くらいのペースで描いていました。
連載を取るまでの間は、ひたすら練習をしていましたね。とにかく絵を上手くしなければ、と。
~連載編~
―連載までは、どのような流れだったのでしょうか?
森:アシスタントをしながら読み切り漫画を何度か載せていただいた後に、高校卒業するくらいに突然「連載が決まったから」と編集者に言われたんです。
全然そんな話してなかったのにって、すごく驚いたのを覚えています(笑)。
自分の計画では10年間アシスタントをやってからプロになると思っていたのですが、若いんだから連載というチャンスに挑戦しろよという担当さんの言葉にも押されて、当時創刊2年くらいだった「マガジンスペシャル」で月刊連載をしながら、週刊連載のアシスタントにも入るという生活が始まりました。
―読者の反響はいかがでしたか?
森:人気を取る事はなんて一切考えずにノリノリで描いていたら、4話目の原稿を出した時に「次で終わるから」と言われて、5話で打ち切りになりました。
その時に、はじめて「人気」と「打ち切り」というものを知ったんです。
ただ、その時は連載が終わって「自由になった」くらいにしか思っていませんでした。
そもそも、10年間アシスタントをしてからプロになるという計画だったし、18歳で連載をもらえた事が凄い事だと思っていました。
アシスタントをやれる時間ができたと嬉しさすらありましたね。
まだ、きちんと打ち切りというものを理解できていなかったんだと思います。
なので、すぐに次の連載が始まるのですが、その作品も打ち切られてしまいました。
―変化はありましたか?
森:「プロの漫画家は漫画を描くのが仕事じゃない、人気を取るのが仕事なんだ」と自分の中での意識が変化しました。
プロ野球選手の仕事が、野球をすることではなく、野球で勝つことと同じですよね。
感覚とか勢いとか、そんなもので描いていたらダメだ、と痛感しました。
もちろん、そうやって成功する作家も多くいるし、自分もそういうものなのかなと思っていたのですが、僕には合っていないと思いました。
自分の中に何人もの自分を作って、その自分たちとああでもないこうでもないと会議して、世に出していくというスタイルに変わっていきました。
▲プロボクサーの仕事が「勝つこと」であるように、プロの漫画家の仕事は「人気を取ること」であると、3度の連載打ち切りを経て痛感
~「はじめの一歩」~誕生編
―「はじめの一歩」はどのようにして誕生したのでしょうか?
森:それまでに3回打ち切りを経験していたので、「はじめの一歩」が最後の挑戦だと思いながら臨んでいました。なので、「はじめの一歩」のネーム制作時は、ずっと講談社に泊まり込んでましたね。
1年間ネームを直し続けたので、合計1000Pくらは直したんじゃないかなと思います。
元々はアマチュアボクシングの漫画だったものが、プロボクシングの漫画になったので、内容も最初とは全然違いますね。
―意識されたことはありますか?
森:意識していたのは、とにかく「人気を取る」ことです。人気を取らないと楽しい事なんて一つもない。だって、仕事がなくなってしまうんですから。
ただ、人気の取り方なんてわからない。だから、僕にとっては教科書でもある、憧れのちばてつや先生の漫画をいっぱい読みました。
そうして追い求め続けた「漫画が上手いってなんだろう?」という気持ちが、一歩の「強いってどういう気持ちですか?」につながったんです。
何が何だかよくわからなくなって描いた自分の本音が「はじめの一歩」の第1話になり、そしてそれが作品のテーマになりました。
ただ、今なお答えが出せていないテーマでもあります。
▲「漫画が上手いってなんだろう?」突き詰め続けた疑問が、一歩というキャラクターを通して投げかけられている。
~新人への勧め~
森:ネームは完成形ではなく、それをたたき台にして打ち合わせをするためのものだから、とにかく作りましょう。
40Pでも50Pでも、半日あればできると思います。ドンドン作って、人に見せる。
面白いかどうかなんて自分では判断できないし、1時間でできたものでも、それが面白ければいいんですから。
森川先生にちょこっと質問!
―一番のお気に入りのシーンを教えてください。
来週の話を読んでください。
今までの話ではなく、これからの話を読んでほしいと思っています。
よく一番好きな試合を聞かれることがありますが、それは次の試合だと答えるしかないです。
だって、いつまでもこの試合が良かったと言っていたら駄目だと思うんです。
―影響を受けた作品を教えてください。
ちばてつや先生の作品すべてです。
ちばてつや先生の作品ほど体温が感じられる漫画はないと思います。
漫画家を志すきっかけとなった「ハリスの旋風(かぜ)」の石田国松という主人公が、本当に実在すると当時は思っていました。
彼が喜ぶと嬉しいし、悲しむと僕まで悲しくなる。それを僕は目指しています。
―新人におススメしたいことはありますか?
漫画をたくさん読むのがいいと思います。だって漫画を描くんだから。
体温が感じられる漫画をいっぱい読んで研究するのが一番いいと思います。
「画面」の作り方の秘訣①
~画面作り~
―画面作りにおいて、森川ジョージ先生が気をつけていることはありますか?
森:とにかく、「わかりやすく」ということを意識しています。
誰が、いつ、どこで、何をやっているのか、ということは最低限伝わるように描いているつもりです。
例えば、目まぐるしく変化するボクシングの様子を「わかりやすく」伝えるために、「はじめの一歩」を描くうえで「テレビと同じ画面」となるよう、斜め上からリングを見た「俯瞰の構図」を多くするように意識しています。
それは、俯瞰で試合を捉えた方が今何が起こっているのかということを把握しやすいからです。
▲テレビと同じ俯瞰の構図でリングを捉えることで、「わかりやすく」ボクシングの戦況を伝えている。
―森川先生の画面からは、テレビの画面以上に迫力を受ける気さえするのですが、どうすれば森川先生のような「迫力ある画面」が作れるのでしょうか?
森:僕は自分の絵に迫力があると思ったことが一度もないのですが、意識していることは「絵を止めないこと」です。絵を止めないためには、写真ではなく動画を見て描くこと。
写真は止まっているものなので、それを見て描くと間違いなく止まった絵になります。
ですが動画の場合、描きたいものの一連の動作を見ることができるので、何が起こっているのかを全て理解することができます。
その描きたいものに対する「理解」が迫力につながっているのではないでしょうか。
▲「絵を止めない」ようにすることで『迫力ある画面』になる。
―「わかりやすく」読者に伝えることが「迫力」につながっているんですね。
森:「わかりやすく」読者に伝える上で一番大切なのが、「漫画というものはほとんど読者が体験していないファンタジーを描いている」という意識を持つことです。
例えば、多くの人が思い切り殴られるという体験はしてないと思うし、殴られる痛みを漫画を通して伝えることはできません。
ですが、一発のパンチを打つということがどれだけ勇敢なことか、パンチを打つためにそこに飛び込む勇気は伝えることができると思うんです。
それを僕は描きたいと思ってます。
―実際に体験したり、取材をすることも大切なのでしょうか?
森:僕は、自分の体験や取材は漫画には一切必要ないと思っています。
なぜなら漫画は妄想力の産物だからです。
ミステリー漫画の作者が人殺しをしたことがないように、物語を作る上で大事なことは妄想することです。
だから、さっき言った写真より動画を見た方が良いというのも、より良い動画を何回も見返さないことです。ファーストインプレッションで描いた方が、初めに感じた勢いをそのまま表現できると思います。
「画面」の作り方の秘訣②
~演出~
―漫画作りの大事な要素として「演出」というものもあると思います。森川先生が考える「演出」について教えてください。
森:演出というのはすごく難しくて、僕もいまだに勉強中です。
ですが、大事なことの一つとして「誰がやるか」ということを意識しています。
突然出てきたキャラクターが何かをやっても、何とも思わないですよね。
だから、その場面に至るまでのキャラクターをいかに描きこむかということに尽きると思います。
一歩がデンプシー・ロールを習得するためにたくさん練習をするからこそ、打てた時の説得力や迫力につながると思うんです。ちゃんと努力してきたことを描かないと、そのパンチがどれくらい強いのか、どれくらい迫力があるのかということがわかりませんよね。
キャラクターの物語をしっかり描くこと、それこそが演出の大事な要素だと思います。
そして、キャラクターの物語をしっかりと描くことによって「体温が感じられる」漫画につながるんだと思います。
紙に描かれたキャラクターがやっているのではなく、そこに生きている本物の人間がやっているんだと感じてもらうことが究極の演出だと僕は思います。
▲キャラクターの努力をしっかりと描くことが「迫力」につながる。
「画面」の作り方の秘訣③
~キャラクター~
―「キャラクターの物語を描く」と仰られましたが、キャラクター作りにおいて意識されていることはありますか?
森:キャラクター作りで意識していることは、「リアクション」です。
キャラクターの描き分けをするとき、作家は自分の中からキャラクター達を生み出すことになるので、必ず自分と同じような性格のキャラクターが生まれてしまいます。
そして、大概の人が描き分けられなくて自分と似たキャラクターばかりになってしまいます。
そんな時にどうすればいいかというと、「リアクション」に気をつけることです。
例えば背中から呼びかけた時に、一歩は体ごと振り返り「はい。何ですか?」と答えます。
木村なら肩越しに軽くこっちを見て「ん?」と言うだろうし、青木は肩をいからせて「何だよ?」とすごむ。鷹村は無視して歩き去るでしょう(笑)。
そのキャラクターには固有のリアクションがあるんです。
受け答えや一人称など、どんな人間なのか、どんな境遇なのかがわかります。
それさえ気をつければキャラクターは何人でも作れます。
―「リアクション」で誕生したキャラクターを、生身の人間たらしめるために意識していることはありますか?
森:そのキャラクターが、どういう風に生まれて、どういう家で育って、どういう風な考えで今ここにいるのか、ということを意識して描いています。
例えば、本当は御曹司なのに、それを捨てて今ここに鷹村はいるんだということや、一歩は気が弱かった自分を変えたくて殴るんだ、というバックボーンをキチンと描くことです。
それによって、どういう気持ちで試合に臨んでいて、なぜ倒れないのか、という説得力になると思います。どんなに強い気持ちを持っていようが、本当に強烈なパンチをもらったら、現実では立っていられないと思いますけどね(笑)。
▲そのキャラクターのバックボーンを描くことで、過酷な試合を戦い抜く説得力へとつながる。
―日常を描くことの他に意識されていることはありますか?
森:表情の移り変わりをキチンと描くことです。
記号的な喜怒哀楽を描くと、そのキャラクターは軽く見えてしまいます。
だから、意識することは喜怒哀楽の中間の表情を描くこと。
100%の「怒り」「喜び」だけが表情ではないんです。
▲最初のリアクションから、キャラクターができていく。
―最後に新人作家のみなさんへメッセージをお願いします。
森:長々と読んでもらってありがたいのですが、僕の言うことなんて聞かずに描きましょう(笑)。
僕が先輩方に教わったことは、迷ったときには先輩の大好きな漫画を読むべきだということだけです。今回の記事でもこうした方がいい、ああした方がいいと答えましたが、漫画は自由です。
だから、あなたらしい漫画を自由に描いてほしいと思います。
<作家プロフィール>
森川ジョージ
週刊少年マガジン1989年43号より『はじめの一歩』を連載中。同作で、第15回講談社漫画賞少年部門を受賞。
(C)森川ジョージ/講談社
※本記事は講談社「週刊少年マガジン」公式HP「マガメガ」内の新人賞企画「漫画家への花道」から特別掲載しています。