デジタルシフトで新人漫画家は「読者が直接評価」する時代に
トキワ荘プロジェクト アドバイザー、マンガHONZ、マンガ新聞の中の人、菊池健さんが執筆するブログ「漫画の真ん中」より特別掲載! マンガ業界データや同行、新人漫画家支援についてなど、マンガ業界の耳よりな情報をお届けします。今回はマンガ業界のデジタルシフトについて。
デジタルコミック規模拡大 新人のデビュールートは?
京都精華大学マンガコース(現マンガ学部)や京都国際マンガミュージアムの立ち上げに尽力された牧野圭一先生(現、京都造形芸術大学教授)によると、第2次世界大戦直後の焼け野原で「日本に漫画家と呼べる人は10人もいなかった。しかも全員顔見知り。」という状況だったそうです。
「プロ漫画家は日本に何人いるのか?」の通り、年間数千人の作家が漫画単行本を発刊する時代とは隔世の感ですが、時はマンガのデジタルシフト時代、漫画家の働き方が変われば、当然、新人のデビュールートも更に変わって参ります。
若い漫画家志望者にとって、自分が漫画業界のどこで食べていくか?どんなルートでデビューしていく方法があるのか?ということは、強い関心事項です。
スタンダードな新人漫画家のデビュールート
2010年ごろの調査になりますが、トキワ荘プロジェクトで発刊した『漫画家白書』の調査によると、デビュー済みの漫画家のうち、75%(4人に3人)が、出版社への「持込み」や、マンガ雑誌新人賞への「投稿」でデビューしていました。
ここ5年のトレンドは、読者にいきなり見せるのが、新人デビューの形?
上記が、私の考える、最近のデビュールートトレンドです。
学校で講義をしても、学生が最も食い入るように興味を示すところです。
解説していきます。
◆comico: スマホ時代の新王道?掲載決定を編集者ではなく作家自身が決める。
2013年秋のリリース以来、2年も待たずに100人以上の「連載漫画家」を生んだのがcomicoです。
スマホに合わせた、縦読みのカラーマンガが特徴です。
公式作家(連載作家)になると月間最低限20万円(PVによるインセンティブなど有)という報酬で、一般のマンガで言うと10ページ相当以上の作品を、週刊連載します。
立上時にスカウトされた作家を除き「チャレンジ作品」という、作品を無料で自主掲載し、ユーザーの評価が高くて、掲載を続けたもののみ、公式作家(有償契約で連載を行う形)になれるというものです。
システムや各種展開については、編集長の部屋comico編に詳しく記載しています。
また、ネットにある情報を見ると、comicoでは以下のような取組にも積極的なようです。
→滋慶学園COM☓comico チャレンジ作品投稿レース│comico(コミコ) – 無料のスクロール型Web漫画
→comicoマスター連載コース開講! 資料請求を受付中! | マンガ(漫画)の専門の学校なら総合学園ヒューマンアカデミー
実は、紙でもデジタルでも、各漫画誌の編集部は、全国の漫画家志望者のいる大学や専門学校に、講義や新人発掘などで回っているのですが、媒体名を冠した授業や取組が、このような形で広報されていることは珍しいです。
◆マンガボックス:これまでの漫画業界の手法をアプリに積みこみ、新しい形を目指す。
マンガボックスは、編集長に樹林伸さんを迎えて、DeNA社や講談社マガジン編集部などが所謂マンガ誌同様の編集部を組織したりタイアップして運営しています。
その為、新人側から見ると、こと「持込み」ということでは、今まで同様の形でデビューに向かえます。
ユニークなのはこちらもやはり「インディーズ」です。
ここでは、comico同様誰でも自分の作品を掲載することが出来ます。
→ウェブマンガが無料で読める!「マンガボックス インディーズ 」 – 投稿されたウェブマンガが無料で読める!
リーグ戦なども定期的に行われ、ユーザーにより、掲載された作品の順位が決められています。
そこからデビューに繋がる事もあるかも知れません。
一見して判りますが、トップレベルになると、半端ではない人数が作品を見ていることが判ります。(いいね!が30万超など)
あえて詳しく触れませんが、「単行本を発売中」という作品が、インディーズに作品として載っていたりもします。
新人発掘の場にも関わらず、別出版社の作品や作家が、プロモーションの場として使っているわけですね。
pixivのようなイラストサービスが一般化して以来、ネット上にマンガを掲載して、誰でも読めるということは珍しくありません。
ただ、comicoやマンガボックスなど、何百万人に常に利用されているプラットフォームに作品をアップすると、無名の新人でも何百万人の人の目にそのマンガが触れ、何十万と言う「いいね!」が集まるという仕組みが、新しい傾向と言えるでしょう。
◆ジャンプ+:王道ジャンプへのセカンドルート
ジャンプ+は、「少年ジャンプの漫画が無料で読める本格的マンガ雑誌」ということで、上記2アプリに少し遅れてスタートしました。
新作、過去作品などが無料で読める事や、週刊少年ジャンプを定期購読できる唯一のアプリとして、あっという間に300万ダウンロードを達成しました。
ジャンプ志望者と言えば、まずは集英社の手塚賞/赤塚賞に応募したり、全国を回るジャンプスカウトキャラバンに持ち込むなど、いくつかの王道ルートがあります。
このルートは、ジャンプ本誌にいきなり掲載するのではなく、ジャンプネクストなど、紙の新人掲載誌を経由しての本誌掲載と言うパターンが一般的ですが、このアプリが出来て以来、ジャンプ+を経由しての掲載と言う2本目のルートにもなっていくようです。
また、今までの所謂新人賞と違い、例えば、マンガボックスとジャンプ+の両方に作品を載せることも出来るそうです。
この辺り、王者集英社も、ネット時代になって変化してきたと言えるかと思います。
ちなみに、個人的にですが、ジャンプ+だと『ラフダイアモンド』や『とんかつDJアゲ太郎』がおすすめです。
◆Kindle direct publishing(KDP):自費出版ではなく自主出版。誰にも頼らず、自分の作品を、自由に好きな値段で世界中に向けて売れる
マンガに限らず、小説なども含めて、作家が自由に作品を売ることが出来るのがamazon社のKDPの特徴です。
今の所日本では、実力のある作家さんが、プロモーションを自分で行いつつ、ユニークな作品を売っていく形が多いです。
漫画家なら鈴木みそさん、小説家なら藤井大洋さんですね。いつもはみそさん押しの私ですが、藤井さんの『Gene Mapper』も超がつくおすすめです。SF好きのわたくしは、完全に掴まれました。
新人にとっては、まだ馴染の薄い自主出版ですが、同人誌経験があったり、芸能人やスポーツ選手など、何か自分にブランドがあって、プロモーションと同時に作品を売る形、勿論、作品の面白さ一本で勝負する形、色々とチャレンジは出来る場になって来ていると思います。
◆エブリスタ(小説家になろう!):漫画原作者になる新ルート
漫画家になりたい新人の中には、一定数の「漫画原作者志望」がいます。
その漫画原作者志望のルートも、変わってきました。
詳しくは、以下のエントリーに書きましたが、エブリスタだけで、この5年間で200作品以上のWeb小説発の原作漫画が出ているというのは凄いことだと思います。
ここも、とにかくは作品を作り、読者の評価を得て上がっていくスタイルが浸透しているようです。
◆その他、特徴的なサービス
セプテーニグループのコミックスマートが送るGANMAも独自の動きを見せています。
ミリオンドールでは初のアニメ化を実現し、作家を継続して支援する事を目指したRouteMという独自のシステムで、Web時代のマンガ家との新しい形を模索しています。
また、comico同様、アプリダウンロード数が1000万を超す「LINEマンガ」も、LINEマンガ インディーズを開始しました。
元々は、LINEを通じて単行本を販売するアプリでしたが、既存マンガ誌の作品を並行して連載するサービスに続き、新人やプロ漫画家が自由に作品を掲載できるインディーズを開始し、独自作品を掲載、ユーザーベース拡大を狙っています。
新人評価役は「先輩漫画家」→「編集者」→「読者(ユーザー)」と変遷か
「まんが道」など、昔の漫画家漫画を見ると、現在同様の作品投稿はありつつも、昔の若い漫画家志望者は、「先輩漫画家に作品を見てもらう(持ち込む)」形が一般的でした。
マンガ雑誌が発展すると、各マンガ雑誌の「編集者が作品を見る」形が当たり前となり、現在の主流です。
ここまでご紹介してきたとおり、新しい流れは、「読者(流行の言い方はユーザー)に直接作品を問い、その評価が、これまた直接作家に伝わる」のが、デジタルシフト後のマンガのトレンドと言えるでしょうか。
このことに、言いたいことがある方は沢山いると思うのですが、まずは、絵空事と思われてきたことが、現実に数値として目立って来ていることを受容することから、議論や行動が始まるのではないでしょうか。
余談:新しいものが生まれる瞬間に起こりがちなこと
3月に、comico、amazon/KDPのそれぞれの担当者の方に来ていただき、京都でイベントを開催しました。
→京都の夜に「マンガと電子化」を考える:「四畳半マンガ家のためのデジタル戦略講座」リポート – ITmedia eBook USER
この際などにも出た話で「comicoのマンガは、これまでの漫画と比べると物足りない、つまらない。(と思う)」という、主にベテランの意見が聞かれました。
漫画業界の中の人たちと話していると、実際この話題は多かったりします。
私はこれを聞き、逆に危機感を持ちます。というのも、comicoを支持しているユーザーは、ほとんどが既存のマンガ好きではないということです。
スマホを使う若い人達が、SNSやアプリで遊ぶこととボーダレスであることを、支持していると言えます。
俗に「週刊連載マンガ誌は1話の分量を、山手線1駅分の間に読めるように設計する。」と言われます。
スマホがコンテンツの窓口に代わった現在、更に短い時間で隙間を埋める形として、このcomicoの形態が生まれ、現在は支持されているとみて良いのではないでしょうか。
既存の漫画雑誌に、新しい読者が入って来ていないことは、「連載マンガ、紙雑誌は↓↓アプリは↑↑そのデータ詳細。」でデータを示しました。
昨今、デジタル化の事がなくとも、単行本は堅調でありながら、紙のマンガ雑誌は読者のリアルタイムな支持を失いつつあるのですが、マンガアプリの登場と共に、十代からスマホを使う若者たちの支持は、着々とそちらにシフトしているように感じられます。
今後どうなるかは判りませんが、現在はそういった経緯もあって、手軽な作品が好まれています。
作品としての展開も、既存の漫画のように、雑誌連載→単行本化→アニメ化→グッズ販売→DVD/ブルーレイ化、のようにコアなファンが多くのお金を落とすというよりは、アプリ連載から、単行本化を経ずに、LINEスタンプやスマホゲームキャラ化など、ライトなものになっていく傾向があります。
また、スマホが紙を凌ぐ新しいデバイスとして出てきたこと同様、更に新しいデバイスが、それこそ攻殻機動隊の電脳化のごとく出てくる可能性もあると考える人も多くいます。
結局のところそういった新しいデバイスの変化に対応し続けることが、漫画家やその周辺ビジネスを行う側に求められてくるのだと思います。危惧すべきは、新しい読者(ユーザー)を獲得できない状況であると言えるように思います。
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著者:菊池健
トキワ荘プロジェクト アドバイザー、マンガHONZ、マンガ新聞
「漫画の真ん中」http://tkw-tk.hatenablog.jp/