集英社『ジャンプSQ.』矢作康介編集長インタビュー(3)
人気マンガ雑誌の編集長さんに、これまで関わってきた作品や編集者の仕事、新人作家について考えていることなどをお伺いする企画「編集長の部屋」より、『ジャンプSQ. 』編集長・矢作康介さんへのインタビュー第3回(全3回)を特別掲載!
たとえば「うんこ」が面白いみたいな発想が出来る男の子が欲しいです(笑)
―― 今、SQ.に出ている新人さんには傾向はありますか?
漫画賞の最終候補などを見ると、力のある女性新人作家が増えている感触があります。
SQ.本誌で女性作家さんが活躍している影響もあるのでしょうか。まわりの他誌と比べても、女性が多いですね。
女性にしか描けない漫画もあるのでありがたいですが、男性作家にしか描けない漫画もあるので、どんどんチャレンジして欲しいなと思います。
―― 男性主人公で敵と戦う、スケールの大きな成長物語みたいなものは男性が強いという事でしょうか。
『青の祓魔師』の加藤和恵先生のように女性でもそういうところをテーマや題材に勝負出来る作家さんもいらっしゃいます。
そういうことではなく、なかなか伝わりにくいですが、たとえば「うんこ」が面白いみたいな発想が出来る男の子が欲しいです(笑)
その辺りにはやっぱり性差が出ると思います。
モノ作り全般そうですが、漫画は作者が何について関心を持っているのかとか、どこを面白がってるのか、とかを告白するような所があると思います。
そういう意味で言うと、男の子全開の漫画も欲しいな、と。
先日たまたま、『週刊少年ジャンプ』の副編に聞いたら、あちらでは賞の最終候補には優秀な男性が多いということでした。
男性新人作家のみなさん、『ジャンプSQ.』はチャンスですよ(笑)
――新人作家が、アシスタントをしながら漫画を描くことについてはどう思いますか?
アシスタントは本当に重要な仕事でいつも助けられています。
最前線で、漫画家の仕事や生活を学べるのも素晴らしいと思います。
でもその中で将来漫画家を目指すなら、とにかく耳年増や批評家にだけはならないで、自分の漫画も描き続けて欲しいですね。
人の作品についてあれこれ聞いたり、言っちゃったりすると描き辛くなっちゃうと思うんですよ。
無理に背伸びして「高尚なものを描かないと」みたいになっちゃう。
結局は「これが自分だ」という作品で勝負しないと勝ち目はないわけです。
仮に自分の描いた作品を「ダサい」と言われたら最悪ですが、そのダサさを面白い所までもっていく事が重要だと思います。
バンバン持ち込みをして、欠点を指摘されて、直して、自意識が先立つと恥ずかしいかもしれないけれども
自分だけの「根っこ」を大事にしながら漫画を描いていって欲しいです。
―― トキワ荘PJの新人にも、最初から面白い、かっこいい一発ホームランを狙う人が多いように思います。
とにかくたくさん振らないとホームラン打てるようにならないですもんね(笑)。
私たちは新人作家を一本の作品だけで判断しないですし、何本も見ていく中で成長や伸ばすべき点を見つけたりします。
どんどん描いて持って来てほしいです。
―― 新人は、総合力で素晴らしいものをいきなり持って行こうとしているようにも思います。
一方で、編集者さんは、新人に、いびつでも何か一個凄い所を持って来て欲しいと考えている所はありませんか?
そうですね!
新人がプロと自分の力の差をキチンと把握すれば、自分に今すぐプロの作品は作れないということは分かるはずなんです。
分かった上で、少しずつでも良いから伸びて行こうということをしないとたどり着けないじゃないですか。
登山初心者がいきなりエベレストには登れないですもんね。
そういう意味でも、誰かに「このマンガが凄い」「あのマンガがダメ」と言われて、いきなり「凄いものを」と思っちゃうのは勿体ないですよね。
他人の意見にとらわれ過ぎず、自分が面白いと思う事をひとつでも追求していった方が、いずれ響くものを作れるようになると思います。
絵でも話でもキャラクターでも、何でもいいと思いますね。
―― 今の新人作家に対して何か伝えたい事はありますか?
繰り返しにもなりますが、自分がなぜ漫画家になろうと思ったのか、何が描きたいのか、これまでの人生経験や原点になっている作品を分析したりして自分の面白いと思うモノを見つめて欲しいです。
それが無いと思うのなら、描くのはやめたら良いと思います。
それでもまだ描きたいと思うなら、そこには何かあるはずです。
自分が面白いと思うものを追い詰めて行った先に、自分だけの作品が生まれてくると思います。
『レベルE』の頃の冨樫先生が、家中の窓とカーテンを閉め切って、電話線も抜いて、真っ暗な中でデスクスタンド一つでネームを描かれていたことがありました。
先生に理由を尋ねると、「この世に人類はもう自分しか残っていないという状況を想像して、10年も後におそらく退屈でたまらないであろう自分が楽しんで読むための漫画を描いている」というようなことをおっしゃっいました。
―― 良く、新人作家が「読者のことを考えて描け」と言われますが、この場合、読者のことは考えてはいるが、それが10年後の自分なわけですね。何か、非常に高度な倒置が行われていますね。
こんなに人気のある作家さんが、読者のためにではなく自分のために漫画を描いてるんだ!と、正直びっくりしました。
目から鱗と言うか、「だからこんなに面白いんだ」と納得したのを覚えています。
読者が楽しめるものを、と考えるとき、あまり多くの人を対象にしてしまうと難しいですよね。
マーケティング用語で「ペルソナ」というのがあって、商品開発の際に、たくさんのお客さんをイメージするんじゃなく、実在する特定の一個人をイメージして開発をする方法があると聞いたことがあります。
たった一人のお客さんを目がけて作った方が、コンセプトがしっかりするし、かえって多くの人に刺さるヒット商品が生まれやすい。
漫画でも同じことが言えるんじゃないでしょうか。
―― ちなみに、10月号から連載の始まる、トキワ荘PJの西修はいかがですか?
『ホテル ヘルヘイム』は読切も良かったですし、連載もまだ2話目までしか見ていませんが、絵から何から全力で描いて下さっているのが伝わります。
SQ.の連載陣には無い絵柄や雰囲気を持っていると思います。
冥界にあるダメホテルを伝説のホテルマンが再建する、というストーリーも面白いです。
これからは謎の多い主人公をどう描くのか、ヒロインや客の視点でどう読者に共感させ魅力的なキャラクターに育てていくのか、とても楽しみです。
西さんは、どんどん描いてぶつけて来てくれた根性のある作家さんです。
どんどん成長しましたし、連載中にも伸びていくでしょう。
―― ライバル誌はありますか?
ライバル雑誌というのはあまり考えませんね。
むしろ、最近はマンガ雑誌があまりにも元気がないじゃないかということが気になります。
その意味で、別冊少年マガジンが『進撃の巨人』で売れた時はとても嬉しかったです。
面白い漫画が出れば雑誌だって売り伸ばせるんだ、と勇気づけられましたね。
あと、ライバルということでいうとWeb上で無料で読めるものは気になります。
『comico』とかはCMも良かったですし、スマホに合わせて漫画を読み易くしているのはいいですね。
でも「タダ読み!」というコピーは、あんまり好きじゃなかったなぁ(笑)。
先行した『マンガボックス』もありますし、9月末にサービスを開始した弊社の『ジャンプ+』も予想以上の早さでDL数が伸びています。
(参考:comico作品『咲くは江戸にもその素質』レビュー)
しかしWebでは、紙幅やコストを考えずいくらでも漫画を掲載出来てしまうので、
本来雑誌が持っているセレクトショップの機能があまり保たれていませんね。
とりあえず数を打っていこう、という今の潮流では、漫画家同士の切磋琢磨が無い、
作品一つ一つに対する編集機能の低下もまぬがれないので面白い漫画が出てくる環境が無くなるのではと不安感も持っています。
無料と戦う、というのは一見かなり大変に思えますが、これからは時間というコストに対する考え方も読者に出てくるのではないかと思います。
お金を支払っても値段以上の価値が感じられれば雑誌は売れるし、いくらタダでも時間を支払う価値が無ければ電子版も読まれない、というふうに。
なので面白い漫画が載っているから、と読者のみなさんに選んでもらえるような雑誌にしていきたいですね。
―― 雑誌として、電子書籍への取組はどう考えてらっしゃいますか。
私たち編集部にとっては今はやはりリアルな雑誌が大切なので、そこに全力を傾けています。
でも時代の変化は激しいので、本気でやるタイミングが来ればやりたいと思います。
その場合、キチンとお金と時間と人材というコストを使って、素晴らしい漫画を作って行くのが大事だと思います。
大ヒットが出てスター作家が出てくる。そのスターに憧れて新しい才能が集まる。
といういいスパイラルが出てきて初めて成功が見えるのではないでしょうか。
もう一つは、電子版漫画としての発明が無いといけないのではないかなと思います。
漫画をむりやり電子書籍にあてはめるのではなく、漫画が電子書籍というハードを反映するというか。
『ジャンプ+』の前身の『ジャンプLIVE』では『東京喰種』の番外編を連載していたのですが、電子版ならではの演出が効いていてとても面白かったですし、『ワンパンマン』の村田雄介先生がご自分のツイッターでやっていた3D漫画?みたいなのも凄かった。
今までの雑誌の延長線上でない、読者と楽しませるための工夫も必要だと思います。
編集長の一押し作品は『双星の陰陽師』助野嘉昭
―― 編集長一押しの作品を教えてください。
どれを一押し、というとどれも面白いので編集長としても決めにくいのですが
今回は『双星の陰陽師』を推させていただきたいと思います。
ジャンプSQ.にしてはめずらしい少年誌色全開のバトルファンタジー漫画です。
連載開始から1年が経ちましたが、早くもウチの看板作品となっています。
禍野(まがの)と呼ばれる異世界からやってくるケガレという化け物たちと陰陽師たちの戦いを描いています。
その中で、主人公・ろくろとヒロイン・紅緒には『双星の陰陽師』という宿命があって、そのために将来夫婦となる必要があって・・・二人は陰陽師の力を合わせてケガレと戦う、という少年心をくすぐる要素がたくさんつまった作品です。
―― どういったところが面白いですか?
それぞれに辛い過去を持つ二人が支え合い、認め合いながら敵と戦っていく話なので、読んでいてとても前向きになれる作品だと思います。
カッコいい、というよりは泥臭い、共感して応援していける主人公たちが魅力です。
いずれ夫婦になる宿命の二人は同居しているのですが、そこでのうらやま楽しい日常も見どころです。
―― 作家として助野先生の凄い所とは?
前作「貧乏神が!」も魅力的なキャラクターが所狭しと暴れまわるすごく元気になれる作品でした。
助野先生の一番の魅力は、まっすぐで元気なキャラクターを描けるところだと思います。
一見ダメなヤツ、嫌なヤツでも、自分に正直に一生懸命に生きている姿を見せることでどんどん魅力的になってくる。
助野先生ご自身も、本当にまっすぐで一生懸命で魅力的な作家さんです。
やっぱりいい作品には作家さん自身が反映されるものなんですね。
インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、番野
※本記事は、マンナビ「編集長の部屋」から特別掲載しています。
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