【インタビュー】漫画家に大切なこと~山下和美さんの新人時代に学ぶ~

熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。才能は、確かにあったほうがいい。でも、漫画家になるためにはそれでは足りない。「戦略」が、必要なのです! モーニング公式サイト「モアイ」にて、漫画ライター・門倉紫麻氏が連載中の『漫画家になるための戦略教室』。 そのなかから『ランド』が話題の山下和美さんインタビュー記事を特別に出張掲載。

※本記事はモーニング公式サイト「モアイ」にて、2015年4月30日、5月15日に前後編で配信された記事をまとめたものです。

 

現在「モーニング」「週刊Dモーニング」にて連載中の『ランド』をはじめ、大人気シリーズ『天才 柳沢教授の生活』『不思議な少年』などで多くのファンを持つ、山下和美さん。

 

今年、デビュー35周年を迎えた山下さんの仕事場兼ご自宅にお邪魔して、新人時代についてインタビュー。

 

端正な絵と、緻密に作りこまれた物語世界の印象から、クールに、スマートに創作に取り組んできたに違いない、と思っていたら……新人時代もそして今も、山下さんはもがきながら漫画を描き続けていた!

 

新人でもすぐに取り入れられる「戦略」の数々と、漫画創作への心構えを、どうぞ。

 

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撮影=関根虎洸

 

批評を受けるのが怖くて、ゴミ箱に捨てるように投稿した

 

——絵は小さい頃から描いていらしたのですか?

 

山下和美(以下、山下) はい。家のふすまが絵だらけでしたね。ふすま1枚を1コマに見立てて、漫画を描いていました。3歳で描いたのが「帽子のおじさん」というキャラクター。子どもの時から「おじさん」を描いていました(笑)。

 

——小さい頃から漫画家になりたい、という強い気持ちがあったのですか?

 

山下 なれればいいかもしれないなあ、という感じでしょうかね。大学に入ってからは、漫画家になれば教育実習に行かなくて済む……という気持ちもありました(笑)。

 

——当時の少女漫画家に多かった、「10代デビュー」を目指して投稿されたそうですね。

 

山下 そうそう! 10代でデビューできるなら、雑誌はどこでもいいと思ったんです。「ページ数制限なし」という新人賞を、たまたま「マーガレット」(集英社)でやっていたので応募しました。でも、その時まで一作も完成した作品を描いたことがなかったんですよ。途中まで描いちゃあやめる、を繰り返していた。投稿作が、初めての完成作でした。

 

——なぜ持ち込みではなく、新人賞に応募することを選んだのでしょうか?

 

山下 私、すごく気が小さいんですよ。人から面と向かって批評を受けるのが、怖くて仕方なかった。周りの人に見せてぼろくそに言われるのも怖かったから、「とにかく賞に送っちまえ!」みたいな感じで、ゴミ箱に捨てるように投稿したんです(笑)。

 

——でも、その投稿作『おし入れ物語』が入賞して、そのままデビュー作になったんですよね。ご自分では、作品のどこがよかったと思われますか?

 

▲『おし入れ物語』より。受験生男子の恋と友情(をちょっぴり超えた感情)が描かれる。
初の完成作が投稿作に、さらにデビュー作にもなった。

 

山下 いまだに何がよかったのか、よくわからないです。びっくりしました。でも漫画家の先生方がほめてくださったのは嬉しかったですね。池田理代子先生(※1)は絵を見て、「この先が恐ろしい」と評に書いてくださって。岩館真理子先生(※2)には、後でお会いした時に直接ほめていただきました。話は無茶苦茶だったと思います。でも、基本のノリは今と変わってないですね。主人公が妄想したり、悩んだりするところとか、コメディのオチとか、今と変わらないです。

 

※1 『ベルサイユのばら』で世界的に知られる少女漫画家。
※2 70年代「乙女ちっく」な少女漫画で人気を博す。現在は大人の女性向け漫画を執筆。

 

 

「自分らしさ」なんて、考えたことない!

 

——デビュー後は、苦しみながら少女漫画を描いていくことになったそうですね。

 

山下 想像力が全然なかったのでね……でも「苦しむ」ほど、何も考えていなかったんですよ。「えっ? 拾ってくれたの?」みたいな気持ちで、ただ目の前のことを、コツコツとやっていただけでした。

 

——新人作家はよく、この作品は「自分らしく」ないんじゃないか……と悩んだりする、という話を聞きますが、山下さんはそう思われたことはなかったですか?

 

山下 そんなこと、考えたことないですよ!(笑) 編集者に描け、と言われたら描くだけ。最初に、編集長から「この人はダメだ。なぜなら、この人はロックだから」と否定されたので、デビュー前の私の作品にあった「ロック」色も、一度消しました。

 

——同人誌でロックのイラストを描いていらしたんですよね。

 

▲「週刊Dモーニング」新人増刊号で連載中の『ダサくていいんだ!』より。
高校時代に描いていたという「ロック」のイラスト。なんという完成度!

 

山下 はい。高校時代、コミケ(※3)の第1回、第2回くらいに出ていました。まだ規模も小さくて、こぢんまりとやっていた頃でしたね。デビューしてからは、「同人誌的な匂いがする」とも言われて。

 

※3 同人誌即売会「コミックマーケット」の略。現在は1回(3日間)で来場者延べ50万人以上のビッグイベントに。

 

——山下さんが描くのは、「ロック」で「同人誌的」な少女漫画だ、と思われていたんですね。

 

山下 ロックに影響を受けた少女漫画家さんというのは、結構いたんです。でも当時、そういう漫画家は長続きしない……みたいな風潮があって。だんだんロック漫画自体も、下火になっていった頃でした。そこにロック色の強い新人がデビューしたので、警戒されたんだと思います。まあ、その後も隙を見つけてはスッと、ロック漫画を描くようにはなるんですけど(笑)。

 

——デビュー当時の作品を拝見すると、80年代少女漫画のテイストにしっかりと合わせて描かれていますよね。少女漫画に必要な恋のときめきや美しさは、物語にたくさん入っている。でもやはり、読んでいるといい意味でところどころにひっかかりを覚えるというか、驚きがあります。

 

▲デビュー間もない1981年の作品『ふたりでお茶を』より。
王道の少女漫画テイストでありつつ、「俺のスパゲッティで…太…れ……」という愛の言葉に、山下さんの個性が光る。

 

山下 どうしてもずれるんですよ、私は一生懸命描いているのに(笑)。少女漫画しか読んでこなかったのに、なんでそうなるんだろう、と思っていました。血というか……そういう性格だったんでしょうね。ずれて、失敗するということが、多々ありましたね。

 

——当時の少女漫画には、「恋愛」を描きなさい、という風潮が強くあったのでしょうか。

 

山下 そうですね。私は恋愛を描くのが苦手でねえ……。まあ、でも少女漫画はそういうものなんだから描かなきゃ、と思っていました。

 

——仕方がない、描こう、という感じでしょうか。

 

山下 仕方がないから、という意識もなかったですね。とにかく「仕事」をやらなくちゃ、と思っていました。

 

——今も、特に女性向け雑誌などでは、恋愛要素は要求されることが多いようですね。でも恋愛ものを描くのがどうしても苦手だ、とおっしゃる漫画家さんもいらっしゃいます。

 

山下 最初から恋愛ものを描くぞ、と思って始めると難しいんですよね。でもキャラが出てきて、この人とこの人が一緒になっていくといいよね……という流れができれば恋愛ものもいける、ということがわかってきました。

 

——なるほど! 人と人がいて、距離が近づいていったら恋愛になることもある、ということですね。

 

山下 そうですね。

 

 

「回り道」することで、「脇」を固められる!

 

——少女誌で描く中で、『BOY』という作品に出てきた「お父さん」が、『天才 柳沢教授の生活』(以下『教授』)の柳沢教授の元になったそうですね。この作品を描いている時、「私の核になるものかもしれない」というような、手応えみたいなものはありましたか?

 

▲男女の双子を中心としたファミリーもの、『BOY』より(©山下和美/集英社)。
「すべてのものを克明に探究する それがわたしの方針だ」というお父さんのセリフが、まさに柳沢教授を感じさせます!

 

山下 やっぱり「お父さん」に関しては、手応えがありました。「このおじさんは描きやすい!」と。でも、とにかく読者アンケートが無茶苦茶悪かった。この時初めて、自分で自分の作品に読者アンケートのはがきを出しました(笑)。双子を描くのは楽しいな、と思って連載を始めたんですが、途中で、いくら男女でも双子だと絶対に恋愛関係にはならないからまずいぞ、と気づいた。読者が恋愛の期待感を持てないんですよね。

 

——やはり恋愛は必須、ということなんですね。

 

山下 明快ですよね、少女漫画は。今はいろいろなパターンがありますけど。

 

——その後の、『1億1千万のわたし』という作品でも、素敵なイギリス人のおじさまロッカーが出てきましたね。

 

▲『1億1千万のわたし』より。ハーフの主人公の父で、イギリス人ロッカーのスティーヴ。
シブくて陰のある、素敵なおじさまです。

 

山下 あれも読者アンケートが悪くてねえ……。この時も、自分ではがきを出そうと思ったんですけど、キャラクターの似顔絵大会も兼ねていた。私が自分のキャラクターを描くわけにもいかないし、仕方がないので私がそのイギリス人のおじさんの下描きをして、友人にペン入れをしてもらって出しました。で、見事に落選したんですけど(笑)。でもね、少女漫画時代のことは、絶対に役に立っているんですよ。回り道をするのは、すごくいいこと。自分が行きたいのとは違う道を通ることは、違う人間を描くってことでしょう。だから、脇を固めることができるんですよね。自分の本来の道を見つけた後で、すごく役立つ。

 

——本来自分が描かないようなキャラクターを、苦手だなと思いながらも頑張って描いておけば、その後の作品で脇役として生きてくる、ということでしょうか?

 

山下 そうそう! もうね、本当にいろんな失敗を、たくさんするじゃないですか。失敗して、ゴミみたいな作品がたくさんできる。でもね、そういう作品の中にも、「ここはよかったね」と思える部分はあるんです。絶対にある。ゴミの山の中に、何かが見つかるんですよ。見つかればしめたもので。例えば、「このキャラクターはよかったよね」と思えたら、そのキャラクターを中心にして、次の作品が描けるかもしれない。

 

——『BOY』のお父さんはその後、『教授』では主人公になるわけで、まさにそのケースですね。

 

山下 はい。だからもう、ゴミの山をいっぱい築くしかない……“クソ”作品でもいいので、とにかく描くしかないんですよ。

 

 

漫画を描かないと、生きている理由がわからない

 

——山下さんの新人時代を描いたエッセイ漫画『ダサくていいんだ!』(「週刊Dモーニング」新人増刊号で連載中)では、脳梗塞で倒れたことがある、と描かれていましたね。

 

山下 ラッキーなことに、編集部にいる時でした。デビューしてすぐ、20歳の頃ですね。もう漫画は描けないだろうと言われたんですけど、意外と本人はぴんぴんしていて、退院してからも漫画を描いていました。

 

——今でも視野欠損の部分があるそうですね。

 

山下 右側は今も見えません。動く仕事をするには支障が出てしまいます……と言いながら、しょっちゅうスキーに行ってましたけど(笑)。

 

——そのこともあって、「行くべき道が見えてきたんだと思います」と描いていらっしゃいました。

 

山下 結果的には、ですね。後から考えると、病気になったことで、「こっちしかない」という方に行ってしまったんだなあ、と。別に、「私には漫画しかない!」とか思ったわけではなくて、導かれたというか。もしこの家を建てて借金を作っていなかったら、漫画家を辞めていたかもしれない。このままだらだらと楽しく生きてもいいよな……って思う間もなく大借金だったんですけど(笑)。

 

 ▲自宅兼お仕事場を数寄屋造りで新築した山下さん(その奮闘ぶりは「YOU」の『数寄です!』にて連載中!)。中庭のしだれ桜には、野鳥もやってくる。

この時はまだ咲いていませんでしたが、満開時は見事だそう。

 

——あえてそういう状況を作り出したところがあったのでしょうか。

 

山下 漫画家をやっていかなきゃしょうがない、という状況まで追い込んだ。でもそれも無意識で、だとは思うんですけど。なんかね……漫画を描くのは“性(さが)”みたいな感じなんですよ。私には、「こういうものを描くんだ!」という大きな「テーマ」はまったくなくて。ただ、描いていないと落ち着かない、というか、生きている理由がよくわからない(笑)。なんだろう……守護霊みたいなものが、もしいるとすれば、「なんとしてもお前を漫画道から外させん!」って言われているみたいな感じですかねえ。

 

▲2階にある仕事場。山下さんの仕事机の
後ろにある大きな窓から、やわらかい光が差し込む。

 

キャラクターは、とりあえず動かしてみなきゃわからない!

 

——デビューからずっと少女漫画誌で描かれてきた山下さんに、青年誌の「モーニング」から声がかかったのは、いつ頃ですか?

 

山下 「マーガレット」から「ヤングユー」(※1)に移ったのと、ほとんど同時でした。

 

担当編集者 大前田りん先生(※2)のところにアシスタントに行っていた時、「モーニング」の編集者が居合わせて、「この人、山下和美さんなの!?」となったんですよね。

 

山下 そうそう。ジャージ姿で「はーい!」とか言って(笑)。それがきっかけで、「モーニング」にカラーイラストエッセイを1枚描いてくれないか、と言われたんです。「私の好きな男のしぐさ」という企画だったので、お父さんのことを描きました。

 

——山下さんご自身のお父様を描かれたんですね。そのイラストエッセイが、『天才 柳沢教授の生活』(以下、『教授』)につながるのでしょうか。

 

山下 そうですね。当時の「モーニング」の編集長に、「お父さんを主人公に描いてくれ」と言われたんです。どうやったらこの人で連載にできるだろう……? と思いつつ始めたのが、『教授』でした。

 

——柳沢教授のモデルは、初期の頃に描かれた『BOY』の「お父さん」でもあるとおっしゃっていましたが、「ついにおじさん主人公で描けるぞ!」という嬉しい気持ちはありましたか?

 

山下 いやもう、右往左往していましたね。無茶ぶりだと思いました(笑)。今まで描いてきたものと、全然違うものを求められていたので。

 

——それでも山下さんは、「無理です」とはおっしゃらないんですね。新人時代からずっと、提案されたら基本的には「やってみよう」という姿勢でいらっしゃる。

 

山下 そうですね。とりあえずやろう、やんなきゃな! と思います。

 

——それは、期待に応えたい、というお気持ちですか? それとも仕事だから、でしょうか?

 

山下 『教授』の時は、ほかの作品がどん詰まりだったので、「これしかないだろう!」と思いなおしました。とりあえず、今までと違う何か、というのは、私にとってすべて「明けの明星」なんです。

 

——希望の光、のようなものでしょうか。それによって何かよい変化が起こるかもしれないから、やってみよう、と。

 

山下 はい。とりあえずキャラクターを動かしてみないと、どうなるかわからないですよね。

教授は、そうやって動かしてみたら、「これは動くぞ」と思うようになりました。最初はいろんなところに教授が「行く」だったのが、いろんな人に「出会う」になって、それから教授が「学ぶ」に変わっていきました。やってみないと、わからなかった。一人の漫画家が何か新しいことをやるなんて、簡単なことなんですよね。新しい雑誌を立ち上げるとか、たくさんの人が関わるようなことに比べたら、全然難しくないと思う。

 

※1 「マーガレット」より大人向けの女性漫画誌。

※2 90年代に「モーニング」で『ガケップチ・カッフェー』を連載。

 

▲『天才 柳沢教授の生活』第144話「熱い冬」より。
常に新しいことを吸収し続ける教授、この回では町の運動会に参加。リレーのアンカーを務めてこの表情!

 

——もしやってみてだめだったら、また別のことをすればいいんですもんね。

 

担当編集者 もしかすると新人作家さんたちの中には、何かやってみることの意味を、重く捉えすぎている人が多いのかもしれません。

 

山下 重く捉えてしまう気持ちもわかりますけどね。昔ほど漫画が売れているわけではないから、「これで失敗したら終わりだ」というような意識はあるのかもしれません。でもやっぱりねえ……描いてなんぼですよ、漫画は。

 

——躊躇して描かない時間を作ったりせず、とにかくどんどん描くことが大事なんですね。

 

山下 はい。萩尾望都先生(※3)も先日、「1ヵ月描かずにいたら、次に描いた時になんかちょっと調子が悪かった、だから休むわけにはいかないのよね」とおっしゃっていたそうなんです。本当にすごいと思いました。

 

——萩尾先生ほどの大ベテランでも、手を止めず描き続けることを大切にされているのですね。

 

※3 竹宮惠子氏、大島弓子氏らとともに「花の24年組」と呼ばれ、2012年少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章した。代表作に『ポーの一族』『バルバラ異界』など。

 

 

漫画家と編集者は、ポールとジョンの関係に似ている

 

——現在「モーニング」で連載中の『ランド』が始まった時は驚きました。『教授』や『不思議な少年』(以下、『少年』)のシリーズ連載があるのに、まったく新しいことを始められるとは! と……。

 

山下 なんとなくね、ここらへんで、これまで積もってきたホコリを叩いて落とさないといかんな、という意識があったんですよ。やっぱり長年描いていると、古びてきますから、いろんなものが。どこかで捨て身になって、ゼロから出発し直さないと、どうしようもないな、という部分がある。まあ、失敗するかもしれないですけどね(笑)。

 

▲『ランド』第1話より。山の向こうは「あの世」と呼ばれ、四ツ神様に見張られている村で育った少女・杏が出会う世界を描く。
「小6までいた、小樽での経験が元になっているんです」(山下さん)

 

山下 『ランド』は準備にだいぶ時間がかかりました。ボツ原稿もいっぱい出ましたし。

 

担当編集者 初期に見せてもらったネームには、物語世界の多くの要素が入っているんですけど、どこから始めるかが、なかなか決まらなかったですね。

 

山下 私の場合アイディアは、きちっきちっと順番に出るんじゃなくて、いろんな要素が散らばって、パラパラッと泡みたいにあるんですよ。それをどの順番でつなげていくのかが、すぐには見えてこない。

 

担当編集者 結果的に、連載を始める前の時点で、単行本1冊分、200ページくらいのネームを描いてもらったと思います。

 

山下 描きながら、着地点が見えるまで、話がぐるぐる回っているというか……それをストッと落とすのが、編集さんの得意なところだと思います。

 

担当編集者 横で見ていますからね。確かに山下さんのネームって、わりとあちこちに行くというか、話の途中でどんどん変わっていくんです。それを一緒に整理していく感じでしょうか。

 

山下 この前、浦沢直樹さん(※4)と話していて「あ、そうだな」と思ったことがあるんです。ビートルズのポール・マッカートニーって、メロディはたくさん浮かぶんだけど、落としどころを見つけるのが苦手なんですって。で、それを落とす役割を、ジョン・レノンがやっていた、と。それを聞いて、おこがましいんだけれど、「気持ちがわかる!」と思いました。ポールとジョンは、漫画家と編集者みたいですよね。

 

——それはまさしく! ですね。浦沢さんがプレゼンターを務める、漫画家さんの制作現場に密着するテレビ番組『浦沢直樹の漫勉』では、山下さんの仕事中の姿が撮影されていましたよね(関連ニュース)。一度は完成した絵を、山下さんが何度も描き直していらしたのが衝撃的でした。

 

山下 いやあ、これだけ長年描いているのに、まだ一発で線が決まらないんだっていうのも衝撃でしょう(笑)。

 

——周りの人はOKだと思っていても、自分が納得できなければ、自分にダメ出しをし続ける、ということですよね。それはとても大変なことだと思うのですが。

 

山下 そのほうが、絵が変われる可能性があるのでね。

 

担当編集者 あの作業を見ていて思ったんですけど……ベテランの作家さんでも、不思議と絵に古さを感じさせない方と、古く感じさせてしまう方がいて。それって、毎回どれくらい悩んで描いているかの蓄積なのかもしれない、と思いました。その話を描くために必要な表情とか構図とか、毎回探りながら描いている人の絵は、古くならないんだなと。山下さんはこうやって悩んで描いてらっしゃるから、いつまでも前線にいられるのかもと思います。

 

山下 なるほど……。

 

——『ランド』では、また今までとは違ったタイプの絵を描かないといけないのでは?

 

山下 そうですね。でも『少年』を描いていたことは、役に立っていますよ。あれも無茶ぶりがすごかったので(笑)、いろんなものを描きましたから。

 

——『少年』には、いろんな場所、時代、この世ではないものも出てきますよね。やはり先ほどからおっしゃっているように、これまでにどれだけいろんなものを、たくさん描いてきたか、が今に生きてくるんですね。

 

担当編集者 『ランド』は『少年』と違って、物理法則を無視できないところもある。別の大変さはあると思いますが、山下さんの中に、描けるものがまた増えてきている感じがします。

 

山下 うん、そうだね。

 

※4 現在「モーニング」で『BILLY BAT』(ストーリー共同制作 長崎尚志)を連載中。代表作に『MONSTER』『20世紀少年』など。

 

 

編集者は鼻を明かす相手じゃない、「利用」する相手です

 

——新人作家の描く作品を、どんなふうに見ていますか?

 

山下 新人さんの作品だと意識せずに読んでいますけど、「お、すごいぞこれは!」と思ったら新人だった、ということはあります。

 

——なかなか作品を完成させられない新人さんもいれば、いい作品を一作描いたことで、その後行き詰まってしまう人もいるようです。

 

山下 先ほども言いましたが、駄作でもいいから、とにかく描けばいいんですよ。駄作を、いっぱい描いて! どう評価されるかとか、何も考えないほうがいい。言う人は、何を描いても言いますから。「描いたもん勝ちだよ」と言いたいです。

 

——山下さんにも「描けなくなる」という経験はありましたか?

 

山下 もちろんあります。私の場合はですねえ……描けない時は編集者を自分の前に置く。で、「なんかないかね? なんかないかね?」って聞きます。

 

担当編集者 最近の新人の方たちには、そうやって、編集者をうまく「使う」みたいな発想を持ってくれる人があんまりいないんですよね。「全部自分でやりました!」という作品を世に出したい気持ちもわかりますが、編集者に対しても格好つけたがるというか……。

 

山下 私はそんなのないですよ! 編集者は、鼻を明かす相手じゃない。使う相手なんです。編集者は、利用しないと(笑)。

 

担当編集者 僕たちもそういうつもりで仕事をしているので、ぜひ利用してほしいですね。

 

▲インタビュー前に、担当編集者と打ち合せする山下さん。

 

——でも山下さんも、若い頃は批評されるのがとても怖かったんですよね。どうやってその怖さを克服して、「編集者を利用する」という境地に辿りついたんですか?

 

山下 積み重ねですよ。もうね、何度も編集者に怒られているうちに、慣れてきちゃう(笑)。私は本当にいろんなことができなかったから……。20代前半の頃にね、編集者が日曜日も会社に来てくれて、食堂で描かせてくれたことがあったんですよ。それでもできなくて。泣きそうになってしまって、食堂の横にあった更衣室に隠れていたんですよ、ずっと(笑)。「山下さん! どこにいるんですか、山下さん!」っていう編集者の声が、日曜日の会社の食堂に響くという……。

 

(一同爆笑)

 

——隠れていたんですか!

 

山下 それくらいひどかったんですよ、私は。編集者の方々には、たくさんご迷惑をかけてしまいました……。あと、「マーガレット」の表紙で、変な絵を描いてしまって。今考えるとどうしようもない絵なんですけど、当時はいけると思っていた。表紙の担当者に見せたら、目の前で「これ、だめだね」って言われたんですよ。それにカーッとなっちゃって、その場で絵を破いた思い出もあります(笑)。で、その後一人で遊園地に行って、徘徊して。落ち込んで、「漫画だけが人生じゃない!」とか言って、ウインドサーフィンをしに行ったりもしましたねえ。当時は体力が余っていたから。

でもそういうことをやると、編集者に「ウインドサーフィンで漫画を描きましょうよ」とか言われて、結局描いちゃうんですが。

 

——そうこうするうちに、気持ちも立ち直っている……。

 

山下 そうですね。ふてくされていることに、だんだん飽きてくるんですよ。落ち込んで止まっていられる時間の限度は、24時間だなって気づいてた。頭にくることがあっても、「あと5時間くらいで立ち直るな」と計算して、5時間くらいふてくされたら、「しょうがない、やるか」って漫画を描く。それを繰り返しながら、だんだん図太くなっていくんじゃないでしょうか。なんか……恥をさらすようなことしか言えなくてすみません(笑)。でもそうやって、ドタバタしながら前に行くしかないんだと思います!

 

▲山下さんの仕事机。原稿を載せて描く台は、高校時代から使っているもの。「ずっと描き続けているので、買い換えるタイミングがなくて」と山下さん。

▲ペン軸も、高校時代から愛用しているものがあったが、最近折れてしまったという。ペンタブレットの導入も検討中。「iPadで練習しようとは思ってるんですけど、時間がなくて。まだアナログで描いていくつもりですが、『数寄です!』とか、『ダサくていいんだ!』みたいなデジタルで読まれる連載には、使ってみようかなと思っています」(山下さん)

 

おわりに

 

「目の前のことをやる」「とにかくやってみる」「駄作を描く」「描いてなんぼ」……。何度も同じように繰り返される言葉には、山下さんが苦手だと思うことにも果敢に取り組む中で、高いスキルや自分だけの完成された世界観を身に付けてきたことがうかがえる。編集者との付き合い方も、新人には参考になる部分が多かったのではないだろうか。

 

この日、インタビュー開始前に担当編集者から、『ランド』のセリフに関する修正の提案が。今後の物語の展開にも関わるその提案に、山下さんは「うん、うん……確かに」と熱心に耳を傾けつつ、「そうすると、こっちのセリフも後から効いてくるしね……了解です!」と答えた。作品がよりよくなると思えば、山下さんは自分の考えた元の形に固執することなく、周囲の意見を取り入れるのだ。

 

一方、この日は『ランド』の原稿の締め切り日でもあった。「最後のページだけまだ描けていなくて……」と机の上に、描きかけの原稿用紙が1枚。

「また難しい構図を描いちゃったんですよね。あと少し、あと少しなんですけど……」と強いこだわりを見せる一面も。

 

軽やかに周囲の意見を取り入れる「柔軟さ」。自分が納得できるまでこだわり続ける「頑固さ」。

相反するようなこのふたつの要素を合わせ持つことが、漫画家にとって大切なのではないか、と強く感じた。

 

▲これが、こだわり抜いて完成したページ!美しい!

 

漫画ライター・門倉紫麻氏が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への潜入取材を敢行して探った、漫画家になるために必要な「戦略」とは!?
『漫画家になるための戦略教室』は、モーニング公式サイト「モアイ」にて随時更新中!
気になる内容はこちらをチェック(http://www.moae.jp/comic/howtobeamangaartist)!!

 

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エッセイ漫画『ダサくていいんだ!』ウェブ公開中!

インタビュー中でも言及されている、山下氏の新人時代を描いたエッセイ漫画『ダサくていいんだ!』

 

山下和美先生

第1 ・2話がウェブ公開中!こちらのリンク先にてお読みいただけます!

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